
▲ 南部アフリカの地図を
南を上にして見たものです
ジンバブエ共和国(Republic of Zimbabwe)
南部アフリカに位置する内陸国。
首都は標高1500mにあるハラレ(Harare)。
100年前、ハラレにある小高い丘で、人々は昼夜を通し白人が入植してくるのを見張った。”眠りたくても眠れない” ハラレとは、そういう意味である。
激しい内戦を経て、1980年イギリスから独立。人口約1300万人、面積は日本とほぼ同じ390、580ku 公用語はショナ語、ンデベレ語、英語。
国名ジンバブエ(石の家)は、国のほぼ中央にある石積みのジンバブエ遺跡から由来している。
JENAGURU ジャナグルとは?
独立後も、白人系のレコード会社一社が、ジンバブエの音楽業界のすべてを独占し続けている状態を打破しようと、1991年、クライブ・マルンガと高橋朋子によって設立されたジャナグルミュージックプロダクション。
92年から11年間にわたり国内で最大規模の24時間コンサート”ジャナグルミュージックフェスティバル”を成功させている。マルンガをリーダーに伝統音楽と現代の音楽を演奏するバンド ”ジャナグル” を結成、ビデオの制作、レコーディングなど、多岐にわたる活動をしている。現在、建設中のジャナグルアートセンターの土地は、それらの活動が認められてハラレ市から寄付されたもの。
ジャナグルとはショナ語で「明るい月」の意。ジンバブエでは、満月の夜に長老が子ども達を集め、少年と少女の仕事について、祖先への祈りの捧げ方、雨乞いの儀式など、先祖から引き継がれてきたしきたりを教え、古くから伝わる歌や踊りをドラムに合わせて楽しむ。≪ジャナグル≫とは、音楽でスピリットと体が喜びに満ちる明るい夜のことです。
ジャナグルアートセンターについて

▲ Jenaguru奨学生。愛知万博他、各地での演奏の収益で4人のこども達が楽器を習っています
音楽が流れると、老若男女はもちろん、赤ちゃんまでが立ち上がって踊ろうとする国、木の枝をスティックにしてまわりにあるものを叩いてドラムの練習をすれば、聞いている人たちが踊り出すほど音楽が盛んな国なのに、白人資本の下でアーティストは正当な報酬を得ることができません。
黒人のミュージシャンが自分の音楽を管理できるシステム作りと、子ども達の音楽教育。 また、音楽にとどまらず、ダンボールをキャンバスにし、鉄くずやパイプを造形して素晴らしい作品を作り上げるアーティスト達を支援したい。ジンバブエを中心としたアフリカのアートやクラフトのフェア―トレードを通して、人々の暮らしや文化を紹介し、正当な報酬を保証する活動を目指すのが、ジャナグルアートセンターです。
<構想>
- 第一段階 レコーディングスタジオの建設(進行中)
- 第二段階 コンサートなど多目的に活用できるホールの建設
- スタジオには、機材や楽器を整え、ミュージシャン他が心ゆくまで時間をかけてレコーディングをできるようにする
- 国内外の人達が、ンビラ、ホショ、ンゴマなどの伝統楽器の演奏、歌、ダンスなどを学べるように、短期、長期の教室を開く
- 現代楽器に触れるチャンスのない子ども達のために音楽学校を開き、他都市にも広げていく
- 現状では学ぶ場がないエンジニアリングと音楽のプロデュースについて、若者に教えていく
- ラジオ放送局を開設し、全国各地の伝統音楽を紹介する
- 他の国々のミュージシャンと伝統的な音楽を交換するプログラム
★多目的ホール建設のあかつきには、音楽の他、芝居、詩、クラフト、絵画、彫刻などのアート全般の発表の場とし、それぞれのオフィスを置く
ジャナグルアートセンターの進行状況
ジャナグルアートセンター建設用地は、ハラレのベルベデアロードにあります。これまでは、用地と言っても草
原で、広さも形も実感できませんでした。しかし、06年10月に、やっと整地をすることができ、土が見え、土地
の形が見え、広さを実感できるようになりました。
ハラレ空港から約23Km、レインボータワーホテル(元シェラトンホテル)から徒歩で数分です。敷地は、幅30
m、奥行き50mの四角形で1500uの広さです。
★ジャナグルアートセンターの住所は
18160 Belvedere Road、 Belvedere、 Harare
アートセンターは 2006年12月、スラブ(土台)が出来上がり、窓枠の高さまでレンガ積みが進んだところで、クリスマス休暇に入りました。
くわしくは ジャナグルブログの「ジャナグルの活動」のカテゴリをご覧ください。
